なんでもない毎日が、かけがえのない宝物なのん

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

北海道遠征の記録 完結編(3/8)

釧路から直帰するのも面倒なので特に意味もなく延長して迎えた最終日。仮眠のつもりで入った道の駅で寝過ごし、さてどうしようかと悩みながら、何はともあれ道東まで来たなら押さえておきたい廃線へまっしぐら。

3/8 道東・道央各所
DSC_1244
旧国鉄士幌線・タウシュベツ川橋梁

DSC_1253
北海道炭礦汽船 幌内炭鉱

DSC_1259
北海道炭礦汽船 幌内炭鉱

DSC_1278
北海道炭礦汽船 幌内炭鉱

糠平湖の氷は急速に融解が進み上流域では川のせせらぎが聞こえるほど。道東の山奥にも確実に近づきつつある春の足音を聞きつつ千歳への戻りがてら炭鉱跡へ立ち寄り、久々の廃墟探索も満喫できました。冷静に考えればタウシュベツから幌内に寄って千歳に戻るなど1日でやることではないのですが、こんな無茶ができるのも1人旅ならではですね。乗り鉄ばかりしていた頃とはまったく違った旅行でしたが、列車の時間に縛られず自力で機械を動かして駆けまわる爽快感は最高でした。

今年から社会人ということで今までのように気軽に長期旅行に行くのは難しくなりますが、たまにはこういう無茶をして息抜きしたいところです。学生最後の大旅行、記録にも記憶にも残る気持ちの良い旅でした。ちなみに借りた車の走行距離は8日間で2563.2km。よくも1人でこれだけ走ったものだと感慨半分、呆れ半分といったところでしょうか。
スポンサーサイト

北海道遠征の記録 その5(3/7)

もはや何日目か考えるのも面倒になってくる後半戦。知床を離脱し川湯温泉で疲れを癒し、道の駅で休憩しつつひたすら南下。オジロワシを撮り損ねたのは残念でしたが、被写体はそれだけではありません。北の大地の豊かさを象徴する、知床と並ぶもう1つの自然、釧路湿原。そこに棲まう長寿とめでたさの象徴、タンチョウ。日本人のDNAに刷り込まれた鶴の姿を追って、いざ鶴居村へ。

3/7 釧路方面
DSC_1026
音羽橋のタンチョウ

DSC_1059
太平洋石炭販売輸送株式会社臨港線 春採駅

DSC_1077
太平洋石炭販売輸送株式会社臨港線 春採-知人

DSC_1101
鳴き合い 鶴居・伊藤タンチョウサンクチュアリ

DSC_1159
飛翔 鶴居・伊藤タンチョウサンクチュアリ

朝方定番の音羽橋に向かうも成果は今ひとつ。気分を切り替えて一気に海岸線まで南下し、未だ続く石炭輸送を狙い撃ち。石炭採掘業が今も生き残っていればこうした形であったのかもしれないと思えてくる、どこか違う世界線のような空間でした。久々の撮り鉄に満足したあとは再び鶴居村へとんぼ返りしサンクチュアリへ。朝の鬱陶しい曇天はどこへやら、快晴の空に輝く丹頂が映える最高のコンディション。真近で見る野生のタンチョウの美しさにひたすら圧倒され続けた1日でした。

北海道遠征の記録 その4(3/6)

5日の夜は久々にちゃんとした宿に入って温泉で休養。翌6日は2日から続けてきた撮り鉄ドライブを一旦切り上げて世界遺産・知床を目指します。映像でしか見たことのなかった豊かな自然に触れてみたく、雪塊を張り付けたままの車に鞭打って知床・ウトロ方面へ。

3/6 世界遺産知床
DSC_0939
知床八景・オシンコシンの滝

DSC_0960
牝鹿、餌場を求めて

DSC_0979
瞑想するエゾシカの主

北海道では増えすぎたとしてしばしば問題になるエゾシカですが、奈良公園のような管理された施設でもないのにここまで多くの鹿たちがのんびり暮らしているのは初めて見ました。道中ではオジロワシの幼鳥やキタキツネの姿も見られ、冬の厳しくも豊かな自然を肌で感じた1日でした。本当はもっと時間をかけて回りたかったところなのですが、急激な気温上昇に伴う雨もあり夕方早めに撤退となりました。また冬季は知床峠が通行止めで羅臼側に抜けるのが困難なため今回は立ち寄ることができませんでした。次があるなら夏の過ごしやすい時期に訪れてみたいものです。

岡山方面遠征記

お久しぶりです。長かった夏休みが終わって早くも1ヶ月近くが過ぎ、最近ようやく秋らしい天気になってきました。9月に撮った写真を見ているとどれも快晴ばかりで暑かった頃を思い出してしまいますが、今回はそんな夏休みに敢行した岡山方面への遠征について書きたいと思います。

当初は予定になかったのですが、大サロが走るという情報を元に超有名撮影地の瀬戸-上道のストレートへ。既に30人ほどの同業者がいましたが、どうにか場所を取って本命を待ちます。

DSC_0554.jpg
DSC_0557.jpg
やはり圧倒的に末期色率が高く、なんとも残念な気持ちになります。後部には湘南色や通称「カフェオレ」なども組成されていますが、これも遠からず末期色に塗り替えられるのでしょう。

DSC_0560.jpg
1時間半ほどで本命が通過しますが言い訳不要の撃沈っぷり。大サロのほうは稼働頻度も比較的高く撮れる機会は少なくはないのでまたリベンジしたいと思います。

DSC_0562.jpg
岡山駅で昼食をとった後、前々から目をつけていた庭瀬-中庄間の撮影地へと移動。青々と茂る田んぼの美しい撮影地でした。まだまだ夏光線ではありましたが、桃太郎試作機を順光で撮れたので満足です。

DSC_0566.jpg
貨物の合間にはこんな編成も見られました。私が小学生の頃は大垣行き快速などで頻繁に見られた湘南色も今ではすっかり貴重なものとなってしまいました。

DSC_0568_20131027232854809.jpg
次にやってきたのはサメことEF66-100番台の貨物列車です。このあと2時間後の水島臨海鉄道直通DE10牽引列車を待つことも考えましたが、あまりの暑さにあえなく撤退。途中寝過ごして伯備線某駅に取り残されるハプニングもありましたが、豪渓駅近くのカーブで本命の伯備線貨物を待つこととしました。

DSC_0572.jpg
いざ着いてみると、側面に光は回らないものの前評判通りのダイナミックなカーブで大変面白い撮影地でした。写真の「やくも」以外に普通列車もそれなりに通過するので案外退屈せずに楽しめると思います。

DSC_0575_20131027232857248.jpg
日もかなり傾いた16時40分頃、本命の貨物列車(3083レ)が通過しました。紫のJRFコンテナを満載した美しい編成は伯備線ならではのものだと思います。中央東線からEF64-0番台が撤退するなど運用の幅を狭めつつあるEF64ですが、勾配が多く線形の悪い路線をものともせず走り抜けていく姿からは平地用の機関車にはない力強さを感じます。

このあとは水島臨海鉄道をバルブするという計画もありましたが、朝から動きっぱなしで体力も限界だったため豪渓駅で飛び乗った姫路行きの普通列車に揺られて帰ることとしました。一応撮りたいものは撮れたもののやはり不満の残る遠征だったので、伯備線に関しては必ずリベンジしたいと思います。

次回は先週末に敢行した北陸弾丸撮影ツアーについて書く予定です。それではまた。

摩耶観光ホテル探索記

前々から言っていた廃墟探索記です。場所が場所なので名前を伏せても無駄な気がしますしこのまま公開することにしました。なお探索には危険が伴うため、万一これを読んで廃墟に行きたくなった方がおられましても自己責任でお願いいたします。当記事は廃墟探索を推奨するものではありません。

決行は3月12日、天気にも恵まれ汗ばむような陽気の中での探索となりました。今回はTwitterのフォロワーR氏と2人での探索です。見取り図などあるわけもなく、記憶だけを頼りに各フロアを巡っていったので全容は未だに把握できていません。とりあえず階段を上って入り口らしきところから入り、そのフロアから探索をスタートしました。

一眼集 263一眼集 269
時期が時期なため全体的に枯れ木が目立ち、緑の美しさがウリの廃墟にしては少し寂しい気はしました。数年前に訪れた時はちょうど7月ぐらいだったので相当繁茂していたのですが今回はご覧のとおりです。

一眼集 278
入り口をくぐると懐かしい廊下が見えてきました。多少落書きが増えているものの保存状態は悪くなく、特に崩落が進んでいる箇所も見受けられません。

一眼集 274
地下に降りるとボイラー室のような部屋がありました。地下と言っても山肌に張り付くように建てられているため実は1階だったり2階だったりするのかもしれませんが詳細はわかりません。煉瓦積みの土台の上にボイラーらしきものが載せられており、蓋らしき部分は錆び付きながらもかろうじて原型を留めていました。こういった部品は持ち去られることも多々あるようですが、この廃墟に限って言えば立地に由来する侵入の難しさ故か盗難等はかなり少ないように思われます。

一眼集 281
廊下の横の壁1枚隔てたところには細長い部屋が続いていました。ここはかなり崩落が進んでいて、また間取りも謎なため何のための部屋なのか結局わからずじまいです。ここはこれといった見どころでもないので適当に数枚撮って次に進みます。

一眼集 282
こちらもかなり崩落が進んでいますが、おそらくはカウンターだったのでしょう。両隣の部屋はロビーか何かでしょうか、目を瞑れば往時の賑わいが聞こえてくるようです。

一眼集 285一眼集 286
少し進んで横に入るといきなりこの部屋がありました。廃墟ファンの間では「マヤカンのあの部屋」で通じるほどの有名スポットで、この廃墟で一番美しい部屋と言っても過言ではないでしょう。現役時代は展望部屋として使われていたのか、南向きで木がなければ大阪湾を一望できる美しい部屋です。足元はところどころ床が抜けておりかなり不安定でしたが、しばし時間を忘れて見惚れてしまいました。昔は壁に絵画なども飾っていたようで、名実ともにマヤカンの顔とでも言うべき超一級スポットです。

一眼集 295一眼集 298
先ほどの廊下に戻り、さらに少し進んだところにある階段を降りると浴場があります。ここも南向きで、やはり海を望む位置に作られています。さすがに風呂場のタイルは頑丈で、壊れているところもほとんどなく非常に良好な保存状態でした。男湯(写真右)にはどことなく枯山水を彷彿とさせる意匠の装飾も施されていました。窓の美しさはどの部屋も共通しており、この浴場にも半円形の美しい窓があります。

一眼集 301
途中で見かけた窓です。円形や半円形など曲線美を存分に活用した窓こそ、この廃墟の優雅さを演出する主役ということでしょう。

一眼集 303一眼集 305一眼集 309
階段を上ると大食堂が広がっています。カウンターの上には当時のものと思しき黒電話が置かれていました。試しにダイヤルを回してみると思ったよりずっとスムーズに回り、電線を繋げばまだ使えそうなほどでした。筆で書かれたと思われる「本線」の文字に時間の流れを感じます。また食堂はガラスの保存状態がとてもよく、窓ガラスだけでなく天井から吊り下げられた白鷺のようなシャンデリアも綺麗に残っていました。廃墟となってから既に20年近く経ちますが、彼らはまだ再び火が灯る時を待っているのかもしれません。

一眼集 307
厨房に入ると真っ先に目に入ってくるのが傾いだ巨大な冷蔵庫とその上に鎮座する「大きな目をした猫」です。おそらくは冷蔵庫の管理機器だったのでしょうが、2つの大きなメーターを備えたその姿は気だるげに寝そべりつつ顔を上げた猫のように見えます。この廃墟のマスコットであり食堂の番人でもある彼は数年前と全く変わらぬ姿でじっとこちらを睨んでいました。きっとこの廃墟が完全に崩れ落ちるその時までこの役目を続けるのでしょう。

一眼集 313一眼集 316
最上階には大きなホールがあります。目立つ上にケーブルカー駅側からの侵入が容易ということもあって落書きなどがひどいですが、それ以外は悪くない状態でした。ちょっとした体育館ほどの広さと高さがあり、決して大きいとは言えないこの廃墟にこんな広大なスペースがあるとは外見からでは想像できません。この部屋の明かり取り窓も半円形で、ところどころ黄色の色硝子が残っていてうっすらと黄色い影を落としていました。

一眼集 317一眼集 321
ステージのある部屋を出るとデッキ状のスペースが広がっていて、ここからは遮るものが何もないため大阪湾が一望できます。トタン張りの屋根には大きな穴が空いていて、かつてはここに飛行機のタイヤと思しきものが突き刺さっていました。そのタイヤも今は力尽きて地面に力なく横たわっています(画面右下)。なぜこんなところにこんなものがあるのかは誰も知りません。そしておそらくはこれからも謎のままでしょう。廃墟につきものの心霊要素が一切ないと言っても過言ではないこのホテルですが、このタイヤだけは一つのミステリーです。B-29のものらしいのですが、とあるバンドのPV撮影時に使われた後誰かが落としたという説やかつての摩耶山上遊園のアトラクションの残骸だという説などがあり判然としません。まぁ、ひとつぐらい謎のまま残る謎があってもいいとは思いますが。

一眼集 323
デッキから続く展望テラスにはかつて屋根を支えていたであろう支柱が突き立っていました。支えるものを失いひたすら錆びていきつつ、それでも倒れることなく空を睨んで立ち続けています。

一眼集 326
上層フロアの探索を終え、入り口階段に戻って側面を撮影。季節が季節なのでまだ葉も少なく建物の輪郭は比較的はっきりと見えていますが、これから緑が深くなるにつれ廃墟は緑に飲み込まれていきます。決して相容れないはずの自然物と人工物の境界線が曖昧になり、徐々に自然に飲み込まれていくのもまた一つの美しさではないでしょうか。

一眼集 330一眼集 331一眼集 332一眼集 333
本来はこれで探索を終える予定でしたが、せっかくなので前回未踏破の1階客室部分も探索してみることに。下層はかなり崩落が進んで危険な状態とのことだったので一瞬ためらいましたが、足場を選べば大丈夫だろうと突撃。階段を降りた先には6畳1間程度の客室がいくつか並んでいました。糊が劣化して壁紙は剥がれていますが、足場は意外と堅固で、また地味で侵入経路がわかりにくいためかほとんど荒らされておらず、窓ガラスや電灯の保存状態はすこぶる良好でした。部屋自体はそこまで広くはありませんが、曲線を生かした角部屋などはホールや食堂に劣らぬ優雅さを主張しています。しかし端の部屋まで行くと露骨に床が抜けており、それ以上先もなさそうだったため撤収としました。また帰りは分岐点を2度ほど間違い、うち1回は崖のような道無き道を強行突破するハメになりましたがなんとか無事下山。阪急六甲で同行のR氏を見送って解散となりました。

本格的な廃墟探索は初めてこの廃墟に来て以来数年ぶりでしたが、時間的にも空間的にも隔離されたこの空間の空気はやはり格別でした。今の保存状態を見る限りまだ数年は崩落することはなさそうですし、また重機が入れないため解体も考えにくいですが、廃墟というものはある日突然消えてしまってもおかしくはないものですので今回十分に撮影できたことは非常に幸運でした。次に行くとすれば初夏の緑の季節、もしくは秋の紅葉の季節でしょうか。その時までこの場所が今の美しさを保ってくれることを祈りつつ、今回の締めくくりにしたいと思います。
プロフィール

マヤカン

Author:マヤカン
他愛もない趣味活動の記録と記憶。
釣ったり撮ったり走ったり。日々是平穏、暢々日和。

※すべての画像はクリックで拡大します。また画像は特記ない限り全て管理人撮影のものです。悪意あるものでなければご自由にご利用ください。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。